私は昔から弱虫なので、力というものが苦手です。
武力だの国力だのはもちろんのこと、体力や知力なんていらない。
あまり自慢できない。よく「生きる力」なんてことを言う人がいますが、そんなものを思い出さねばならないのは、たいていが不幸なときであって、そんな意識なしに、すんなり生きていたいです。それでも、人間は不幸になることはあるもので、そうしたときには、s形無しに力をふりしぼることになります。

学力というのも、そんなものだと思う。すんなりと問題が解けてしまうときには、あまり学力なんていらないものです。ところが人間は、迷ってしまったり、つまずいたりすることもあります。そうしたときに、何とかするために必要なのが学力です。

小学校や中学校あたりでは、なにかが「解ける力」を「学力」と考えがちです。たとえば、早く計算して正しい答えを出す力のようなものです。わたしは、そんなものは、たいしたことではないと思っています。計算違いをした時に、それに気づいて直せたり、計算がごちゃごちゃしたときに、それをすっきりさせたり、そちらのほうが学力であると思うのです。

じつは、こちらのほうが、はやく正しい答えを出すことよりは、高級な力であると考えます。間違わず、迷わなければ、こんな力は必要ないのです。しかしながら、人間はときに、間違ったり迷ったりします。つまずかず迷わないのがいいのではなく、ときには、つまずいたり迷ったりした機会に、それでもなんとかなる力をつけておいたほうが、安心なのです。